前回のコラムでは、欧米では人的資本が早くから“企業価値の源泉”として扱われてきたことを紹介しました。一方、日本は異なる歴史的背景を持っています。そこで今回はその後編(日本編)として日本の企業環境とそれによって生じた組織的特徴についてみていきます。
まず、日本の人的資本について考える上で見過ごしていけないのは、今の経営層が社会人になった年代の経営は「終身雇用・年功序列」が前提となっていたことです。
「終身雇用・年功序列」により、業務遂行に必要な知識・スキルはOJTで賄うことができました。よって、教育訓練費用を投じる必要性が希薄な企業文化が形成されやすかったと仮定します。それにより、日本の人的資本は主に次の5つの特徴が見られます。
① メンバーシップ型雇用が前提の“総合力モデル”
日本企業の特徴は、長く続いてきた メンバーシップ型雇用。
- 新卒一括採用
- 配属は会社が決める
- ジョブローテーション
- 長期雇用を前提とした育成
- 人事評価は「総合力」
この仕組みは、 「人を育てる文化」 を強みにしてきた一方で、 スキルや役割が明確に定義されにくく、 人的資本の“見える化”が遅れた要因にもなっています。
② 暗黙知に依存する文化(形式知化の遅れ)
日本企業は、現場の経験や空気感、 いわゆる “暗黙知” に依存する傾向が強くあります。
- OJT中心で、「見て覚える」文化
- 文書化よりも“察する”コミュニケーション
- 知識、経験が俗人化しやすい環境
これらは強みでもありますが、 人的資本の開示に必要な 定量化・可視化 が難しく、 国際基準とのギャップを生んできました。
③ 人材投資が“コスト”として扱われやすい
欧米では人材投資は “価値創造の投資” として扱われますが、 日本では長く “コスト” として見られてきました。
- 経営層が「人材投資=費用」と捉えがち
- 教育予算が景気に左右されやすい
- 投資対効果の測定が弱い
その結果、 人的資本の議論が経営レベルに上がりにくい構造がありました。
④ 人事部門が“管理部門”として扱われてきた歴史
欧米では CHRO が経営の中核にいますが、 日本では人事部門は長く 管理部門 として扱われてきました。
- 労務管理
- 採用実務
- 評価運用
- 教育の企画・運営
こうした“オペレーション中心”の役割が強く、 戦略人事への転換が遅れた ことが、 人的資本経営の浸透を妨げてきました。
⑤ 制度が後追いで整備される構造
欧米は投資家主導で人的資本が進化してきましたが、 日本は 制度が整ってから動き出す 傾向があります。
- 2023年:人的資本開示指針
- 2025年:ISO30414改定(2026年3月施行)
- 2027年:選択項目の開示必須化
つまり、 制度が整った“今”が、日本にとって本格的なスタートライン と言えます。
日本の人的資本の特徴は、 欧米と比較すると遅れて見える部分もありますが、 それは弱みではなく 歴史的な前提条件。むしろ、
- 長期育成文化(企業文化が育ちやすい)
- 現場力
- 組織の一体感
といった日本の強みを活かしながら、 国際基準に合わせて“見える化”を進めることで、 人的資本経営は大きな成果を生み出せます。
必須化が意味するのは、
- 「測定しない」という選択肢がなくなる
- 企業間比較が可能になる
- 優秀な人材は海外の企業と比較しキャリア形成を検討しやすくなる
- 投資家が“人材データ”を評価する意識が強まる
ということ。
つまり、 人的資本は“任意の取り組み”から“経営の前提条件”へと変わる という大きな転換点です。
制度改定は、企業にとって負担ではなく、 人材育成部門が主導権を握る絶好のタイミング。
ここで、ISO30414と日本の人的資本可視化指針を比較すると、日本企業が置かれている状況がより鮮明になります。
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この表が示すように、人的資本が制度として整備されることで、
- 経営層の理解
- 現場の協力
- データの整備
- 人材戦略の高度化
が一気に進みやすくなります。
つまり、 「今動くべき理由」は、制度が整った“今だからこそ”生まれている ということです。国際比較は、日本企業の遅れを責めるためのものではありません。むしろ、
- 日本の強みをどう活かすか
- 世界基準のどこを取り入れるか
- どの順番で進めるべきか
を考えるための “地図” です。
そして、この地図を最も活かせるのは、 人材育成部門 です。日本企業は今まさに「人的資本経営の本格スタートライン」に立っているのです。制度が整い、世界基準が明確になり、 経営層も“人材の重要性”を理解し始めている。だからこそ、これからの数年は、 人材育成部門が組織の未来を左右する最も重要な時期になります。制度が整った“今”こそが、日本にとって本格的なスタートラインと言えます。
では、この日本特有の「メンバーシップ型」「コスト意識」という高い壁を乗り越え、私たち人材育成部門は、一体どのようにして経営陣を納得させ、現場を巻き込んでいけばいいのでしょうか?
その具体的な突破口となる「人材育成部門の新たな役割」と「実務への展開」については、来る6月25日のセミナーでお伝えします。
人的資本経営への取り組みは、それぞれの組織の状況に合わせる必要があるため「何から手をつければいいか分からない」と悩む担当者の方は、ぜひ自社を導くための地図(ワークシート特典)を描きにいらしてください。