前回のコラムでは、人的資本が“40年の流れの延長線上にある必然”であることを確認しました。
今回は視点を日本から世界へと広げ、欧米編(前編)と日本編(後編)の2回に分けてお届けします。
本編では、欧米がどのように人的資本を“経営のテーマ”として扱ってきたのかを整理し、日本企業への示唆を探ります。
世界から遅れる日本、その分岐点
─欧米の潮流が示す「人的資本」の本質(前編)
〜なぜ彼らは、人事ではなく「経営のテーマ」として語るのか〜
なぜ国際比較が必要なのか。 その理由は、人的資本という概念がもともと「投資家の視点」から生まれ、 欧米ではすでに“企業価値の中核”として扱われてきた歴史があるからです。
一方、日本では人的資本が注目され始めたのはここ数年のこと。 2025年の ISO 30414 改定、2027年度からの人的資本開示の必須化など、 制度面の後押しによってようやく“本格的に動き始めた”段階にあります。
つまり世界と日本では、 「人的資本をどう捉えてきたか」 「どのように経営に組み込んできたか」 において、歴史的にも文化的にも大きな違いがあります。
この違いを理解することは、人材育成部門にとって極めて重要です。
なぜなら、国際比較を通じて初めて、 「日本企業がどこに立っているのか」 「これから何を優先すべきなのか」 が立体的に見えてくるからです。
欧米では、人的資本は「制度対応」ではなく、企業価値の源泉として扱われてきた歴史があります。
特にアメリカとヨーロッパでは、2000年代以降、投資家が企業に求める情報が大きく変化し、 “財務情報だけでは企業の未来は測れない” という認識が広がりました。
ここで、経営学者 P.F.ドラッカーの視点を活用します。ドラッカーは、過去~現在の出来事や変化を注意深く観察することで、未来のトレンドや変化を予測できるとし、それを「既に起こった未来」という言葉で表しています。過去~現在のデータには、今の現実、あるいは未来における兆候が表れていると見ます。
では、「人的資本可視化指針(改定)」2026年3月公表にて公開されている、「各国における人的資本投資額の対名目GDP比較」(主にOFF-JTに投じられた費用)を確認してみます。
比較は、米国、ドイツ、フランス、英国と日本の5か国ですが、日本の投資額が低い(必要最小限にとどめられている)ことがこのグラフから見えるのではないでしょうか。
このグラフでは、、誰に、どのような投資が行われているかまでは確認できませんが、2000年~2020年の期間、企業内研修の現場に携わってきた者の肌感覚としては、投資が行われているのは、
・新入社員~入社3年目
・入社5年目前後(リーダーになる直前)
・新任マネージャー登用時期前後
に研修が設けられることが多いことから、恐らくこの層への投資が中心ではないかと想像します。
つまり、これらの機会に該当しない人は、業務に必要な専門知識・技術習得や自己啓発教育以外に、教育を受ける機会が設けられていない可能性があります。
この点を意識に置いた上で、海外と日本の「人的資本」に対する考え方や取り組みの違いについて整理していきます。
① 投資家が「人材データ」を求め始めた(アメリカ)
アメリカでは、2000年代から機関投資家が企業に対し、 離職率・エンゲージメント・リーダーシップ育成・多様性 などの情報開示を求める動きが強まりました。
背景には、
• 無形資産(人材・ブランド・知識)の価値が急上昇
• 人材の質が企業価値に直結する産業構造への転換
• GAFAをはじめとする“人材依存型企業”の台頭
があります。
その結果、人的資本は 「投資判断の材料」 として扱われるようになり、 企業側も人材戦略を“経営戦略の一部”として位置づけるようになりました。

② ESG投資の拡大と「人材の質=企業の持続性」という視点(ヨーロッパ)
ヨーロッパでは、ESG投資(環境(Environmental)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の3つの視点を考慮し、長期的に持続可能な企業や事業に資産を投じる投資手法)の広がりとともに、 「人材の育成・健康・働きがい」 が企業の持続性を左右するという考え方が定着しました。
特にEUでは、
• 労働環境
• 多様性
• 従業員の健康
• スキル開発
などが、企業の“社会的責任”として評価されるようになり、 人的資本は 「社会価値 × 経済価値」 の両面から重視されるようになりました。
③ ISO 30414(国際基準)の誕生と普及
2018年に策定された ISO 30414(人的資本情報の国際標準) は、 人的資本を「測定し、比較し、改善する」ための世界共通のフレームです。
欧米のみならず日本企業を含むグローバルで活動する企業がこの指標を取り入れています。
• 離職率
• リーダーシップパイプライン
• スキル開発投資
• 従業員の健康指標
• 多様性指標
などを定量的に開示する文化が広がりました。
つまりグローバルに活動する企業では、人的資本は“見える化し、改善し、投資する対象”として扱われてきた ということです。
そしてその共通点はただ一つ。
人的資本は“人事のテーマ”ではなく、“経営のテーマ”として扱われているのです。
だからこそ、 CEO・CFO・CHROが同じテーブルで議論し、 人材戦略が企業価値向上の中心に置かれてきました。
欧米の潮流を見てきたことで、人的資本が「制度対応」ではなく、 企業価値の中核として扱われてきた理由が浮かび上がってきました。
一方で、日本には日本特有の歴史・文化・雇用慣行があり、 人的資本の捉え方や取り組み方には、欧米とは異なる前提があります。
では、日本企業はどのような背景のもとで人的資本に向き合ってきたのか。 そして、2025〜2027年の制度改定は何を意味するのか。
次回の 後編(日本編) では、 日本の企業環境とそれによって生じた特徴を紹介します。
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データ出典:人的資本可視化指針(改定)2026年3月 内閣官房公表